-エピローグ-

「……もしもし。あぁ、あなた様ですか!どうでしょう。長いこと内見されていたようですが……」
「太田さん。ここ、事故物件ですよ」
「……は?」
「とにかく早く来てください。急ぎ共有したいことが」
私は太田さんに全てを話した。
この物件で見た地下室や祭壇、そして……赤ん坊のミイラのことを。
太田さんは、地下室やミイラを見て気が動転していた。どうやらこれらの存在について、本当に何も知らなかったようだった。
太田さんと相談し、ひとまず警察に通報することにした。すぐに複数台のパトカーが古民家前に到着し、その日は私も太田さんも、事情聴取を受けることになった。
警察に促されるままにパトカーに乗る。
空を見上げると、池袋の街はすっかり夕焼けに染まっていた。
長い一日だった。

……1週間後。私は池袋の喫茶店にいた。
「……お客様。ご足労いただきまして、申し訳ございません」
顔を上げると、太田さんがいた。
事情聴取前に会った時と比べると随分と痩せたようだった。
私の向かいの席に座りホットコーヒーを頼むと、太田さんは静かにゆっくりと語り始めた。

あの物件は、最近父から譲り受けたものであること。
立地もよく状態の良い、歴史を感じる建造物なので、最初は賃貸として出していたこと。
しかし新しい住人は越してきてから数週間と経たずに、「夜になると、なきごえが聞こえる」「悪寒がする」「体調が悪くなった」などと口々に言って退去してしまったこと。
気味が悪いこの物件。しかし不動産を営むものとして、解体してしまうには惜しい立派な建造物であると思っていたこと。
だからこそ、もういっそ売り出して誰かに譲り渡してしまおうと思っていたこと。
「ただ、柱の中に赤ん坊が埋まっていたとは流石に思いませんでした……。私も不動産屋失格なんですがね、ここを譲り受けてからなんとなく肩が重くなった気がして……とにかく気味が悪かったので、よくよく家を調べることができていなかったのです。お恥ずかしい話です」
だから最初に会った時しきりに首を回していたし、内見も同行してくれなかったのかと妙に納得がいった。
「それで……この物件なんですがね。
父も生前に知人から譲り受けたらしくて。
で、聞いた話によれば、大正時代に
駆け落ちした夫婦によってつくられた建物らしいのですよ。それも、建築士の男と華族の女の、身分違いの、ね。
当時、池袋は未発達な土地だったのです。地名の由来も、丸くて大きな池……通称『袋池』があるだけの、だだっ広い農村地帯だったからと言われています。そんな未発達な田舎に逃げるようにして移り住んだんでしょうな。当時の池袋にあるにしては立派な家を懸命に建てて2人で住み始めた、それが……」
「あの物件、というわけですね」
「はい、その通りです。ただ、あの辺は『四面塔伝説』なんてものもあるくらいには、当時は治安が悪い場所だったんです」
「しかしだからって、我が子を人柱にするなんて……自己中心的過ぎやしませんかね……」
「……お客様。信仰心や畏れというのは、ときに人間を狂気じみた行動に走らせます、私にも彼らの全ては理解できない。
ただ、ここからはあくまで私の推測になるのですが、写真をもう一度見てください……ほら。池袋に住み始めたあとと思われる写真。相当夫婦も痩せ細っています。
多分、駆け落ちをしたは良いものの、生活は困窮していたのではないかと思うんです。しかしそこで妊娠が発覚し……そもそも彼らには、赤ん坊を育てていくだけの蓄えが無かったとは考えられませんか。しかも住むことの出来そうな土地を見つけたと思ったら治安は最悪。それで泣く泣く瀕死の赤ん坊を神に捧げた……」
「いや……仮に信仰に頼るしか無かったとしても、我が子を人柱にするなんて理解できませんね。理解したくもない。
……あっすみません、少し語気が強くなってしまって……」
「いえ、大丈夫ですよ。……たしかに夫婦の犯した罪は許されるべきではないかも知れません。倫理的におかしい行動と思うかもしれない。ただ、我々には想像もできないような葛藤や苦しみはあったのだと思うんですよ。
写真裏に書かれた『ゆるしたまへ』の文字と涙の跡……あれは神に対してとも捉えられますが、我が子への懺悔とも捉えられませんか。
それに、あの柱にも暗号がわざと見つかるように書かれていたように思えました。あれは夫婦が自らの罪を隠したい気持ちと、誰かに見つけて裁いて欲しいという気持ちのせめぎ合いがあったから残したものではないかと思うんです」
「しかし……赤ん坊を見殺しにして自分たちだけ幸せになろうだなんて、あまりにも無責任だ。そりゃ、信仰や時代の違いもあるのかもしれないけれど、私はどうも納得がいかない」
「いいえ、お客様……」
「まだなにか?」
「この夫婦は、幸せにはなりませんでしたよ」
「え?」
「子どもを産んで1年後に、2人揃って他界しました。どうやら死因は、通り魔による刺殺らしいのですが……」

……

太田さんと別れた後、私はバイトに復帰するべくミステリータイムズ編集部に向かっていた。

『古くから信仰は多くあるが、神や霊にヒトが干渉しようとすること自体が間違っている。ヒトが自分らより高次元の神霊を操るなど、そもそもが無理な話なのだ』……ふと、昔読んだ文献の一節を思い出した。物思いに耽りながら、歩みを進める。

小林編集長にも友人にも事の顛末を既にメールで伝えたが、私は今日まで1週間家に引きこもっていた。
「人柱」を目の当たりにしたショックと、それを我が子で執り行った家族の狂気と哀しさに、感情を整理するのに時間を費やしたのだ。
しかし、事情聴取もひと段落し、あの赤ん坊も然るべきところで供養されたとのことで、私の心も冷静さを取り戻しつつあった。

そういえば、太田さん曰く赤ん坊を供養した後、酷い肩凝りが無くなっただけではなく、近隣住民からの苦情もピッタリ止んだという。
取材メモにあった近隣住民の苦情……たしか「古民家から夜な夜な『なきごえ』が聞こえる」というものだった。今思えばこれはノラ猫ではなく、産まれて間もなく死ぬしか無かった赤ん坊の悲痛な「泣き声」だったのではないかと思う。

天国で、あの赤ん坊が……信仰に生き、神霊に裏切られた哀れな家族が、幸せになっていることを願う。

編集部に向かう途中、ふと寄り道をしてみることにした。池袋駅東口から徒歩5分。
人通りの多い道端に、それはひっそりと祀られていた。
「四面塔」……高い柵で囲われた内側には賽銭箱が置かれていた。
私は柵の間から500円玉をポンと投げ、手を合わせる。
無念のままにこの世を去らざるを得なかった人々のことを思って、目を固く閉じ、平和を祈った。
「……よし、行くか」
私は雑踏の中、ミステリータイムズ社に向かって歩き始めた。

【終】

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