第一章

「……実際に見ると雰囲気があるな」
あれから数日後、私は例の古民家の前まで来ていた。小林編集長に言われるがままに不動産屋に内見の問い合わせをし、今に至る。編集長いわく手元には先輩の残した取材メモがあるのだから下調べはもう十分だろうということだった。

……外観は、本当に普通の平屋のようだった。
瓦葺の屋根や壁の質感からはアンティークさを感じるが、しかしどっしりと構えた立派な建物である。
池袋という都心にある、築100年の建造物……なかなかにチグハグだが、かえってそれが良い「味」を出しているように感じた。
この立地でこの外観……レトロブームなんていうものもあるそうだし、多少リフォームして古民家カフェを経営したら、かなり話題になりそうだ。
そういう意味で、カフェ経営にはもってこいの良い物件に思えた。

「……それでは、あとはご自由にご覧になってください。」
後ろに控えていた不動産屋の太田さんが、突然口を開いた。ずっと右手を左肩に添えて、しきりに首を回している。相当の肩凝りなのだろう。
「お電話でもお伝えしたのですが……大変申し訳ないことに、このあと他の物件の内見予約で立て込んでおりまして……はい……」
捲し立てるように言うと、黒革の鞄の中から1枚の紙を片手で取り出し、渡してきた。

【箱から 間取り図 を取り出して開いてください】

「こちら、物件に関する間取り図になっております。……当時の建築士が残したものをプリントしたものですので幾分か古めかしいですが、支障はないかと思いますのでご心配なく」
「なかなか状態が良いオススメの物件でございます。是非、満足いただけるまで見ていただいて、購入も前向きに検討いただけたらと思います」
一通り見終えましたらまたご連絡ください、それでは、と言うと、太田さんは嵐のような勢いで去っていった。
ポツンと1人取り残され、改めて古民家を見上げる。建物の古さもあって、なんとなくお化け屋敷に来たような気分である。
……正直、こういう場所はキライじゃない。スピリチュアルなものや不思議なものに関して、恐怖より興味が勝ってしまうタチなのだ。
友人も、こんな私だから今回のことを相談してきたのだろう。

玄関の扉をガラガラと開け、少ししゃがみながら室内に入ると、ヒンヤリとした空気が頬を撫でた。うむ、非常に「良い」雰囲気だ。

靴を脱いで廊下を進んでいく。
踏みしめるたびにギシギシと鳴るが、これは経年劣化というやつだろうか。
出入り口は少し窮屈に感じたが、他の部屋に関しては天井は充分に高かった。頭をぶつける心配もなく、快適だ。
台所や居間、茶室……間取りを見ながら順番に、全ての部屋を時間をかけてまわっていく。
なんとなく、田舎にある実家を思い出した。
間取りや説明書きの通りなかなか広々としているし状態も良い。
ちょっとした日焼け跡以外は特に気にならない。ギシギシと鳴る廊下も、次第に趣があるように感じてきた。
私は建築に関する専門的な知識はないが、
この状態の良さであれば、色の薄くなった畳や穴の空いた障子をちょっと貼り替えてしまえばすぐに再利用できそうだと感じた。

ただ……状態良好・好立地の物件がたった800万円。
やはりこの数字は少し引っかかってしまう。
そして何より、編集長が話していた取材班の負傷……私の第六感が告げていた。

ここにはきっと、何か、あるのだ。

私は、少し思考を整理してみることにした。

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