-プロローグ-

2023年、夏。
「はぁ……」
「……君、どうしたんだい。そんなむつかしい顔をして」
「!あ、あぁ……小林編集長……」
ここはミステリータイムズ。池袋の路地裏にある、小さな新聞社である。
ミステリータイムズ編集長―小林康夫は吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、訝しげな瞳をこちらに投げかけた。
「……物思いに耽るのは結構だが、バイト初日からそれでは困るよ」
「す、すみません!!」
「さっきからチラチラと携帯電話を見ているね。何か気になることでもあるのかい」
「いや、非常に個人的なことになるんですが……」
「結構、話してごらんよ。そんな調子じゃ仕事も手につかないだろうしね。それにアルバイトの相談を聞くのもトップの務めというものさ」
そう言ってウインクを投げかけてきた。
「さぁ。なんだい。将来への漠然とした不安?それとも恋愛の悩みかい?」
「い、いや……実は、友人が池袋の物件を買うっていうんですよ。なんでも改築してカフェを作るらしくて……」
「ほぅ。自分の店を構えるなんて、ずいぶん立派なことじゃないか。それに何の問題が?」
「それが、その物件……ちょっと『変』なんです」
そういって、スマートフォンを手渡した。

「なに、これが購入を検討しているという物件か。
池袋駅東口から徒歩10分以内、15坪の平屋で……800万円……?!!」
「はい……これだけ良い場所で十分な広さだというのに…あまりにも安すぎるんです。ここ、絶対に訳アリ物件ですよね……小林編集長?」
編集長は何か考え込んでいるようだった。
「……そうか、ここは例の……だとしたら……」
スマートフォンを見ながらぶつぶつと何かを呟いている。一体どうしたんだ……?
編集長は突然顔をあげたかと思うと、ツカツカと奥の資料室へと消えていった。
数分後、彼の手に握られていたのは古ぼけた封筒だった。
「なんですか、それ……?」
「その物件、以前ウチで取材していたんだよ。記事のコラム欄の1つにでも、と思ってね。ほら」
そう言うと、編集長は封筒から1枚のメモ書きを取り出し、私に手渡してきた。

【箱から コラム欄取材メモ を取り出してください】

「これはコラム欄取材メモ。池袋に関する小ネタを新人達に集めさせていたんだ。走り書きだから漢字かなまじり文にはなっているんだろうが、なかなかよく取材されている」
見ると、盗難・未解決事件・ウワサ・怪談など、池袋に関連する様々な事柄が書かれていた。
「で……この物件は池袋にあるにしては年季が入っていてね、ちょっとしたコラムに丁度いいかと思って少し取材させたことがある」
「それでここからが面白いんだけど、この物件に関して調べた新人達は皆んな……おっと!すまない、喋りすぎた」
「編集長、待ってください。何を言いかけましたか?」
「よぉし、君。これも何かの縁だ。今からここに行ってきなさい」
「ちょっと、編集長?」
「この前任者のコラム欄取材メモも何か役に立つかもしれん、持っていきなさい」
「いやいやいやいや、そんな怪しげな場所に1人で行くなんて……嫌ですよ!!」
「大丈夫大丈夫、新人達が物件取材後にちょーっと事故にあったり、ちょーっと骨折したり……偶然にも皆んな負傷しているだけだから!」
「いやいやいやいやなんてところに送り出そうとしているんですか……!」
「でも君……正直こういうの、好きでしょ?」
ふいに編集長のまっすぐな視線が私を捉えた。
その漆黒の瞳に、「私」という人間が全て見透かされているような気がして、言葉が出なかった。
「分かるんだよ。長いこと多くの人を見てきたからね」
「あの物件には間違いなく『何か』がある。そしてその正体は誰にも解き明かされていない……で、君はどうしようもなくその謎を解きたいと思っている。そうだろ?」
「……うむ。じゃあこうしようか」
目の前にスっと細長い茶封筒が差し出された。

「もしもこの物件の調査をしてくれれば通常の日給の3倍、謎を解明したあかつきにはさらにその2倍の報酬を約束しよう。どうだろう、俄然やる気が出てきただろ?」